尾崎豊・吉岡秀隆

【シェリーが始まりだった】P3
何故、彼は吉岡を愛したのだろう。
そのような事を説明する事は不可能だし、馬鹿げたことだ。
だが、彼は吉岡の持っている純粋さに魅かれ、可愛がり、そして甘えるようになった。
彼が新しく事務所を設立した時、吉岡も独立を考えていた。
彼が吉岡を誘った。
「うちの事務所に来ないか」
吉岡は沈黙した。大変にありがたい話だったが、吉岡にはまだ自信がなかった。
もっと役者としてすべての体力をつけてから、大きな仕事をお土産に出来るようになったから
という思いもあったが、彼の全てを受け入れる自信がなかったのだ。
「二人で業界の体勢を変えていこう。
みんなでもっと心を豊かにする芸術をつくっていこう。
そういう事務所にしよう」
吉岡は頷く。
「でもやはり、もう少し頑張ってからにします。
尾崎さんの負担にならないようになってからにします」
彼は、それでも吉岡が欲しかった。
「考えてくれ。
俺は本当におまえを裏切るような真似はしないし、おまえをバックアップする。
とにかく側にいてくれるだけでいいんだ。
毎日、俺の側にいてくれればそれでいいんだ。」
吉岡は「やはりダメです」と言った。
彼を誰よりも愛していたが、それはいけない話のように感じた。
彼は「そうか」と寂しそうに言った。
吉岡が彼と最後に会ったのは、彼が亡くなった三日前だった。
共通の友人の家に吉岡は夕方から遊びに行き、午後11時には自宅へ戻った。
自宅に戻ると、友人から電話があった。
「帰ったばかりで大変だろうが、豊が今から家に来ると言っていて、
おまえに会いたいと言っている。どうする」
吉岡は、「いや、それならまた出掛けて行きます」
と彼に会いに友人宅に戻った。
彼は吉岡の顔を見ると、本当に嬉しそうに
「よく来てくれたな。すまないな。会いたかったんだ」と笑った。
友人宅から帰る時、吉岡は彼をタクシーの拾える場所まで送っていった。
夜の街を歩きながら「新しいアルバム、どうだった?」と彼が聞いた。
吉岡は、「まだもらっていません」と答えた。
「そうだったか」
「はい」
「じゃ、今度持ってくるから、感想を聞かせてくれよ」
「ぜひ、聞かせてください」
タクシーが来た。彼が、後部座席にすべり込んだ。
吉岡は吉岡にとって最後の彼の声を聞いた。
「今度、CDを持ってくるからな。じゃ、また飲もうな。」彼は手を振った。
吉岡はまだその光景を鮮明に覚えている。
その時、彼の体が透き通って見えた。
じっと見つめたら、向こう側が透けて見えるのではないか、と思った。
彼はその日は「休みだから家に来たんだ」とダンガリーシャツにジーパンという姿だったが
会った時から、吉岡にはやけに彼が透き通っているように見えた。
それは美しかったが、どこか寂しげで、吉岡はなぜか悲しい気持になった。