尾崎豊・吉岡秀隆

【シェリーが始まりだった】P2
彼は映画を撮る夢を持っていた。
彼が書いた小説『黄昏ゆく街で』の映画化の話が持ち上がっていた。
彼は主役に吉岡を使いたがった。
「俺が脚本、監督をする。どうしてもおまえに主演してほしい。やってくれるか」と彼は言った。
吉岡は「絶対に出る」と言った。
しかし、『黄昏ゆく街で』の映画化は実現しなかった。
だが、彼は未発表のプライベートな小説「幻の少年」はどうしても映画にしたかった。
彼は吉岡に熱っぽく『幻の少年』の構想を話した。
「マット・ディロンの『ランブル・フィッシュ』の続編のような映画にしたい。
ああいう映画が撮りたいんだ」
吉岡も『ランブル・フィッシュ』は大好きな映画だった。
「俺がいきなり監督をやっていけると思うか」彼は吉岡に聞いた。
吉岡は、「映画のスタッフの人たちはものすごく頑固です。
下積みを重ねてきた人にはきちんと対応しますが、いきなり出てきた人、
特に他の業界からきた人には拒絶反応を示すようなところがあります。」と答えた。
彼は「そうか。そうだろうな。」と頷きながら
「じゃ、どうやったらいいんだろう。そうか。助監督から勉強しなければいけないな。
二年勉強しよう。二年後に撮ろう。」と言った。
吉岡は『幻の少年』の主役をぜひやってみたかったが、
彼は映画を撮るのにはあまりにも忙しすぎる、と諦めていた。
だが、彼が亡くなった後、彼の父親が「息子は『幻の少年』という映画をつくるのが夢だった」
と言ったのを聞いて、吉岡はとめどなく涙がこぼれた。
本当に撮ろう、と思っていたんだ。
そう考えると気持がざわついた。
彼は吉岡を本当に可愛がった。何でも吉岡に話した。
外で飲むと、必ず吉岡を呼びたがった。
「あいつに電話してくれないか。呼んでほしいんだ」
吉岡が行くと彼は「遅くに悪いな。会いたかったんだ」と自分の傍に引き寄せた。
そして吉岡に話かける。「俺に友達はいないんだ。」
「例えば暴走する車があるだろう。その車にはブレーキもなにもついていない。
ただ、突っ走るだけの車だ。それが俺だったのかもしれない。
その車にブレーキをかけてくれたのが親父だった。
事件を通報したのは親父だったけど、俺は感謝している。」
「いつか東京ドームでギター1本、照明ひとつでコンサートをやりたい。
そこで得た収益は福祉に使ってもらいたいんだ」
「氷山があるだろう。芸能人といわれてる人間はこの上の部分だけで生きている。
だから、俺とおまえがいくら努力しても、周囲の人たちは華やかな部分しか見てくれないし、 やっている方もそれで満足している。
でも、本当の芸術を求めるのなら、その下の部分を掘り起こし
氷を浮かべている水さえも突きつめていかなければいけないと思う」
「おまえがこれからどうやって役者として生きていくか。ちゃんと俺に聞かせてくれないか」
「人が本当に評価される時というのは、死んだ時なんだ。
死んだ時、どれだけその人が何をやってきたか、ということがわかる。
おふくろが死んだ時、そう思った」
「俺もおまえも真剣にやっていさえすればいいんだ。
そうすれば絶対に美しいものが見えてくる」
「頼むからさ。おまえだけは絶対、俺の事を裏切らないでくれよ」